中田引退。
今日の早朝のイタリアーフランス戦の決勝で1ヶ月に及んだW杯も終了。夜、家に帰ると常にサッカーがあった日常ともお別れともなると、少し寂しいかな。
いつもは広島カープの話題ばかりですがサッカーも好きなのです。14・15年前の高校時代はNHK衛星放送で深夜、早朝にやっていたプレミアムリーグ、リーガエスパニョーラをよく見ていたんですよ。今回のW杯も早朝以外のゲームは、ほぼTVでチェックしました。全試合放送してくれるなんて、90年のイタリアW杯の頃と比べたら日本のメディアに於けるサッカー文化、進化・成熟したなっと感じます。
そして日本代表予選敗退もどこかに吹っ飛んでしまった、中田英寿の現役引退。発表からもう一週間か。
日本のサッカーに於いて、プロ競技としてJリーグと言うスポーツ文化を日本に定着させてくれたのが三浦知良であり、日本サッカーを世界へと導いてくれヨーロッパのサッカーを身近にさせてくれたのが中田英寿であると僕は思う。
カズは改革者で、中田は先駆者であったと思う。
僕が始めて中田を知ったのはスポーツ雑誌のNumberの1ページ。ちょうどアトランタ五輪の目前、5月頃買ったのNumberに載っていた記事だった。ちょうど10年前の話だ。その当時から五輪最終予選に全試合出場していたが、僕はそういえば出ていたよなっと思い出したくらいでしかなかった。
「優しきエゴイスト」と称されていた。インタビュー記事を読んでいると、ともすれば誤解を受けやすい自己主張をする人だと思った。ただ目的意識はしっかりしていると感じた。気にしておくべき選手だと。
そしてアトランタ五輪で中田はブラジル戦、ナイジェリア戦とスタメンに名を連ねていたが最後のハンガリー戦、中田はピッチには居なかった。
その直後に発売のNumberに川口能活のインタビュー記事が載っていた。「叫び」と題された記事には大会前から攻撃陣と守備陣の間に大きな溝が存在し、ナイジェリア戦のハーフタイムでチームは完全にバラバラになってしまったと告白していた。
その中心に中田もいたと思うのは容易だった。
そして96年の暮れ、Number誌上に上記を更に詳しく迫った金子達仁氏のルポルタージュ「断層」が掲載された。(個人的に今まで読んだスポーツルポルタージュで1,2位の秀作だと思う)
この中で中田と川口の考えが、激しく反比例しながら交わること無く対立して離れていった。2人の溝は深いままで大会を終えた感じだった。しかし、何回も読み返していると出発地点が進む道が違っただけで求めている所は同じ場所、必ずどこかでリンクすると感じた。
一見、水と油の2人だが、遥かその先の求めているものは同じものと思った。ただ、歩んで行く道筋が別々だった。
そして今回のW杯、笛が鳴る最後の最後まで予選突破を信じ勝利を求めていたのは中田と川口の2人だけだったと感じた。
クロアチア戦で川口がPKを止めたとき、中田が一目散に川口に走って行き感情を露わにして抱きついたシーンを目にした時、10年目にしてやっと、離れた道を歩き続けた二人が出会うことができたと思った、出逢えたと。
他人事だが僕が10年間思ってた、わだかまりが溶けた瞬間だった。
今回は予選敗退の喪失感よりも、このシーンが見れたことがうれしく感じた。
優しきエゴイストは永遠である。


最近のコメント